2017年8月27日日曜日

『シネマ』読書会 第7回

直近になりますが、読書会のお知らせです。

日時:8月30日(水曜日)18時30分-21時
場所: 都内某所
テクスト:ジル・ドゥルーズ『シネマ1』
(財津理・齋藤範訳、法政大学出版局、2008年)
範囲: 第4章「運動イメージとその三つの種類」101-126?頁
担当: 大久保

前回、第3章を少し無理矢理に読み終わりました。
個人的には、ドゥルーズの映画解釈に強引さを少なからず感じた範囲でした。
今回は、第4章をできれば一気に読んでしまいたいと思います。

以下、第4章の概略を紹介しておきます。

第4章の第一節では、ベルクソン『物質と記憶』を
現象学と対比しながら読むことを通して、
「汎イメージ論」とでもいうべき議論が展開されます。
物=イメージで構成される内在平面としての世界。
さらにはこの物=イメージが「光」とも言いかえられます。

第二節では、基本的には『物質と記憶』の議論を踏襲して、
物=イメージのこの内在平面のなかに知覚が位置づけられます。
すなわち、物の作用と反作用のあいだの「間」、
具体的には、生物における刺激の受容とそれへの反応とのあいだの「間」から、
知覚が導出され、さらには行動や感情もそれとの関連で性格づけられます。
そしてこれらが、知覚イメージ、行動イメージ、感情イメージと呼ばれることになります。

第三節では、ここまでもっぱら哲学として議論されてきた問題が、
映画の問題に接続されます。
具体的には、ベケットの映画作品『フィルム』を分析しながら、
映画における知覚イメージ、行動イメージ、感情イメージが規定されます。
さらには、あるパースペクティブで「全体」を切り取った内在平面の上で展開される
運動イメージとは異なり、ベルクソンにおける「想起」のように、
直接に「全体」や「時間」のイメージであるような「時間イメージ」の存在が
示唆されます。
この節の最後では、具体的な映画のシーンが
知覚イメージ、行動イメージ、感情イメージの例として参照されます。

こんなところでしょうか。
一回でこの章を読み終わるかちょっと自信がないですが、
できるかぎりがんばってみたいと思います。