2019年3月18日月曜日

『シネマ』読書会 第25回

直前のお知らせで恐縮ですが、次回の読書会のご案内です。

日時:3月20日(水曜日)18時30分-21時
場所: 都内某所
テクスト:ジル・ドゥルーズ『シネマ1』
(財津理・齋藤範訳、法政大学出版局、2008年)

範囲: 第12章「行動イメージの危機」第一・二節(344–)
担当: 大久保

今回は第12章の第一節の途中から、
おそらく第二節を読み終わるあたりまで進むことになるかと思います。

前回の終わりに、新しく導入された「三次性」の概念を、
マルクス兄弟の例に当てはめるとどうなるかについて簡単に見ましたが、
今回はその復習から始めます。
マルクス兄弟については、前回のお知らせと同じく、
『マルクス一番乗り』の予告編のリンクを貼っておきます。

次に、第一節後半では、三次性や「心的イメージ」を映画に導入することで
これまでの他のイメージを完成させた作家として、
ヒッチコックが特権的に取り上げられます。
ヒッチコックが心的イメージを作り出すために用いる手法が詳しく分析されていきます。

しかし同時に、ヒッチコックは、心的イメージを導入することで、
それまでの映画の完成を目指しながら、
実際には、知覚と運動の回路を断絶してしまう光学的イメージに
すでに接近していたとも語られます。

ヒッチコックについてはさまざまな映画が取り上げられています。
どれを見ようか悩む方は、ヒッチコックの有名作品をまとめた
こちらなどいかがでしょうか。

次の第二節ではまず、行動イメージが、ヒッチコックを待つまでもなく
実は最初から危機に晒されていたことが明らかにされます。
そして、非ハリウッド系の戦後アメリカ映画にについて、
この行動イメージの危機の具体的特徴が挙げられていきます。

ロバート・アルトマンやカサヴェテス、スコセッシなど、
ここでも多数の作品が参照されています。
特にアルトマンの作品が多く参照されています。
そのなかで、『ナッシュビル』の予告編がこちら

第12章の第三節は第二巻への助走という面があるので、
来月に第二巻の冒頭と一緒に読むほうがよいかもしれません。