2017年9月22日金曜日

『シネマ』読書会 第8回

読書会のお知らせです。

日時:9月27日(水曜日)18時30分-21時
場所: 都内某所
テクスト:ジル・ドゥルーズ『シネマ1』
(財津理・齋藤範訳、法政大学出版局、2008年)
範囲: 第4章「運動イメージとその三つの種類」第3節
担当と範囲: 120-124頁 谷口
       124-126頁 乙部

前回、第4章の第二節まで読み終わりました。
第4章での、ベルクソンを参照した哲学的議論は一通り見たことになると思います。
今回扱う第3節は、前回の議論をふまえ、
映画における知覚イメージ、行動イメージ、感情イメージがどのようなものか、
主にベケット『フィルム』を参照しながら、その概略が示されることになります。

参加する方は、ぜひベケット『フィルム』を見ていただけるとよいと思います
(YouTubeで見れます)。
短い映画ですし、ベケットの天才性が垣間見れる作品だと思います。

この第4章での議論を基礎にして、残りの『シネマ』第一巻の議論は進められます。
大事な論点については理解を共有できるようにしたいところですね。

(以下、10月2日の追記です。報告者だった乙部さんの振り返りを以下掲載します。)

さて、前回の読書会ですが、ぶじ盛況のもとに行われました。
当日はベケットの『フィルム』を改めて皆で鑑賞しつつ読解を進めました。
その際議論となったのは、
・ドゥルーズの『フィルム』解釈は、どこまで妥当な解釈といえるか?
・ドゥルーズが『フィルム』に見出すもの(あるいは、『フィルム』が示すもの)は、
知覚の消去であるのか、知覚されることの消去であるのか
・パースにとっての「記号」とは何か
といったことなどでしょうか。
二点目については、知覚の二重の準拠体制(邦訳113頁)との関係で考えてみると
有意義な論点かもしれません。